話し手:山田雄久先生
近畿大学 経営学部経営学科 教授
佐賀大学肥前セラミック研究センター客員研究員
日本の近代化に果たした伝統産業の発展。陶磁器業の技術導入や熟練労働、さらに市場情報を伝達した商人について考察し、社史執筆や業界支援などの仕事にも着手。有田焼に関する研究論文多数。
詳細プロフィール
聞き手:深海宗佑
(株)深海商店 後継ぎ
有田焼開祖百婆仙を先祖にもつ深海家13代目。東京丸の内にある一部上場経営コンサルティング業界を経て2021年より窯業界に従事。有田焼産業の再興を使命に日々邁進する。
30年以上有田焼産業の歴史を経営学の観点から研究してきた山田雄久先生に有田町史400年に学ぶ有田焼産業イノベーションの成功の秘訣を伺う
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前編では
・有田はイノベーションを生み出す気風がある。
・30代以上の若者がイノベーションの起点となる。
・イノベーターは同世代の人達と数人のグループを作る。
・イノベーターは上の世代(60代〜)の人達に承認と応援を取り付ける。
という事をお話しいただいた。後編では
・成功まで耐える忍耐力
・タイミングを合わせる
・10〜20年先を見据えて行政・研究機関と技術開発を行う。
・歴史に学ぶ。
をお話しいただく。
深海宗佑:イノベーションを成功させるには時間がかかるのでしょうか?
山田先生:昭和54年(1979)に大有田焼振興協同組合は創設され、東京ドームや京王プラザホテルでの展示会などを行います。
20年くらいかけて軌道にのり、そのタイミングでバブルが来ました。
大有田焼振興協同組合が出来た昭和54年(1979)ころは、業界としては調子が良かったのですが、日本はオイルショックで景気低迷している時期でした。
”オイル・ショックとは、1970年代に2度発生した、原油の供給逼迫および原油価格の高騰に伴い、世界経済全体がきたした大きな混乱の総称。1973年に第四次中東戦争を機に第1次オイルショックが始まり、1979年にはイラン革命を機に第2次オイルショックが始まった(後者のピークは1980年であった)。” 引用;wikipedia
大有田は時代を見越して動いた事で、バブルが弾けた後も窯業界ではしばらくはそれまでの売上を保てました。
すぐに何かできるというわけではなく、若手のやる気が高まっている状況の中で、今から窯業技術センターや商工会議所と一緒にやり始めないといけません。
成功するのには5年10年かかります。
1616 / arita japan 様は立ち上げた当初は有田ではあまり相手にされてませんでしたが、10年かけて周囲の高い評価の影響を受けて有田でも高く評価される存在になっています。
ところで、現在の日本は、全国的に次の動きを考えてはいるけれども、動き出せていません。陶磁器業界も同様の状況だと思います。
深海宗佑:私は、今がちょうど時代の転換点のため、どの方向に進んでいいのか見えないのではないかと思っております。これが10年後であれば、時代の方向性が定まっているのだと思いますが。
山田先生:そうですね。どういう方向に行くか定まらない状況だと思います。
ですから、非常に慎重になって、何かしようとしてはいるけど何をするか明確には分からない状況だと思います。
逆に、バブルの頃には色々やろうとして、失敗したというのもありました。バブルの時にやろうとして結局挫折したり、失敗して止めたり諦めてしまったこともあります。
有田の主要メーカーでもファインセラミックスに注力されてきましたが、出発当初は不採算の事業でもありましたので、事業の中核に位置づけるまでには至りませんでした。
また地方銀行もリスクを背負って事業を継続するより、現在の業務に注力することが必要と判断されたようです。
しかし近年市場が伸びてきており、現在ファインセラミックス工場の拡張が続いています。
思い切って先行投資をされていれば、結果は大きく違っていたかもしれません。社長や銀行が挑戦する方向に舵を切っていたら変わっていたのではないかと思います。
一方で、役職が上がれば上がるほど慎重にならざるをえませんので、なかなか判断が非常に難しいところです。
日本の製造業ではこれと同じような状況があちこちでみられたのではないでしょうか。ですから、有田の企業でも若い世代が経営に携わっていたら、継続してチャレンジしようとなっていた可能性があります。
現在、古参の方々も20年位前にチャレンジされてきているので、やはり、次世代の人のチャレンジがポイントです。
現在、有田のどの会社の方も世代交代が進んでいます。世代交代が進んでるのはチャンスですね。
若い世代の方と親世代の考え方は異なります。親世代が若い世代の考え方をどれくらい理解・納得できるかがイノベーションが進むポイントです。
次の世代に変わったら、今後の5年10年後を頑張れるか、次の手があるかというのが重要です。
深海さんは、まだお若いですが東京でたくさんの経験をして帰ってきておられます。
深海さんの様な次世代の人がこれから有田で頑張られることが重要です。
深海宗佑:ありがとうございます。他にイノベーションを成功させる秘訣はありますか?
山田先生:タイミングですね。
これも有田での事例ですが、10年以上前に海外展開をしかけられましたが、なかなか採算があわない状況が続きました。タイミングがうまく合ってなかったようです。それが、今であれば、ヨーロッパやアジアに輸出するのはいいタイミングかと思います。
有田焼創業400年事業の効果も大きく、その点で先を行かれたのは素晴らしいですが、タイミングが非常に重要なのを歴史的にも感じています。
結果的に早すぎでも、今、海外展開すれば軌道に乗るのではないかなと考えてしまいます。
しかし最も重要なのはタイミングが重要です。
来るべき時に備えて仕込んでおいて、タイミングがきたらそれを実行するというのが後々効いてきます。
深海宗佑:アメリカの債権王と呼ばれ、最大33兆円を運用していたビルグロス氏が2015年にTEDで興味深いプレゼンをされています。
Bill Gross “The single biggest reason why start-ups succeed”@TED
そこでは、スタートアップの成功要因の42%がタイミングだそうです。
①タイミング…42%
②チームと実行力…32%
③真にずば抜けたアイディア…28%
④ビジネスモデル…24%
⑤資金…14%
とのことです。
山田先生:42%ですか。非常に高いですね。ビジネスモデルが良くても失敗してしまうというのあるんですね。
以前の有田焼業界も経験値に基づいて判断してしまいがちで、やはりタイミングがずれてしまったんだと思います。私はずっと歴史を勉強してきましたが、成功要因の多くはタイミングだとよく思います。
規模とか資金力とか政治力ではなく、どのタイミングでチャンスを最大限活かせるかです。
いくら良い技術を持っていてもタイミングが、ピタッと時代に合わないとなかなか難しいです。
こういう環境が整ったからこういうのをやって行くと言う、深海さんの様な経営コンサルタントの経験がある方でないと、俯瞰的に状況判断できないのかもしれません。
どのタイミングで何をするか、がずれると結果が変わってしまう。そのタイミングを合わせるために何を準備するかは重要です。
また、技術は今すぐ実用化できるというものではないので、失敗から学ぶという点で、研究や実験は重要です。
研究開発から実用化までの10年20年先をみて準備していくというのは一つポイントなのではと思います。
久富桃太郎様からも、有田では研究開発を進めた企業が成長し成功してきたとお伺いしたことがあります。
深海宗佑:10年20年先の時流を見据える実力のある若い世代が牽引するのが重要なのでしょうか?
山田先生:一つの技術に注力するのではなく、いくつかの選択肢を持っておくのが必要ですね。
時代に向き合っているとこの技術を、今、投入すべきだというのが見えてると思います。
やっぱり将来を見据えて考えてるか考えてないかは時代の流れを掴む力が違います。
さらに、将来を考えているとそれに共感してくる人も出てきますし、それを一緒にやろうというのができます。そこは組織力ですね。
先ほどもお話ししたように、欧米型と有田型のイノベーションの成功方法とは違います。アメリカだと、突っ走ってもそれに乗っかる人が出てきます。
一方、日本では一人で突っ走ると、足を引っ張られたり、周りに警戒されたりといった危険をともないます。そういう人は不運だったりチャンスが巡ってこなくなったりということもありえますので。
さらに、歴史のある有田では社会が成熟しているため、上の世代の影響力が大きい町です。
なので、突っ走るのではなく、上の世代の納得や承認を取り付けながら進めることが重要になりますね。
有田焼産業は歴史が長く、何事も長期的に見ていくのがうまくいく秘訣かなと思います。
深海宗佑:これまでの話を踏まえますと、イノベーションを成功させる秘訣は、
・若手がチャレンジすること
・若手が連携すること
・上の世代から協力と応援をしてもらう
・成功まで耐える忍耐力
・タイミングを合わせる
ことでしょうか。
他にはよりどころとなる人がいる事も重要です。有田には大学・研究機関・博物館等の施設が整っています。これらを活かすことですね。
発想だけではなく、技術と知的な裏付けが必要となります。これまでは若い世代が元気で、上の世代が応援している構図でした。
ですが、今は上の世代も若い世代も慎重です。今の有田焼産業にはイノベーションを成功させるタイミングが来てると思うので、このタイミングを見逃すとこの先厳しいのかなと思います。
また、町長のリーダーシップがいかに発揮されるかも重要です。
私はこれからの有田のビジョンを示すことが必要だと思います。ビジョンをいう人が出てくると、やるべきことも一つにまとまりやすいのだと思います。
私はこれまで歴史を紐解いて次の時代でイノベーションを成功させるかというのを専門として研究してきました。
しかし、有田焼産業はすごい歴史があるのに、知恵として十分に活用されてない様に感じます。皆さん何となくでしかわかってないことが意外と多いのではないでしょうか。
歴史を見ると試行錯誤やチャレンジした経緯が分かり、多くのヒントが得られると思います。
深海宗佑:私が深海家の歴史をまとめているのは、歴史を学ぶ事が重要だと思っているからです。
前職の経営コンサルティング業では、経営者として社史を学ぶ重要性をよくお伝えしていました。
深海商店で言えば、深海商店の歴史だけではなく、江戸から現在までの家系史というのが同じ役割をします。なので、深海家の歴史をまとめています。
さらに、私は今期から観光協会のガイドになります。理由としては、2つあります。1つはガイドとして有田にお越しの方に有田の魅力をお伝えできることです。もう1つは、有田町の歴史を体系的に学べるからです。
歴史を活かしたチャレンジをすることで、有田焼産業の保守派の人達にも納得して応援してもらえると思います。
さらに、失敗の歴史を糧にすることで、チャレンジリスクが減ると考えています。また、先人達も社会情勢があった上で皆さん判断されています。
なので、有田町史に加えて、世界と日本の近現代史も勉強できるとより立体的に、複合的に見れるのではないでしょうか。
山田先生:歴史は一つの糧ですよね。
有田町史はあれだけのものがまとめてありますが、皆さんあまり読んでおられないと思います。
ぜひ読んでいただきたいですし、現在の有田町史に今までの歴史も追加した続編も必要でしょう。
町の歴史は町の共有財産ですから知恵袋的な意味合いがあります。そういうのを歴史民俗資料館の方に町民勉強会とかを開いていただくのもいいと思います。
真面目にやっていくと面白くないのでざっくばらんにするのがいいでしょうね。
勉強会の中身としては、過去と今の有田を照らし合わせて、今の有田はどうすればいいのかという活かし方みたいにできるといいですね。
歴史民俗資料館の方もベテランの方が多いため、お話しを聞ける今のうちに開催しておかれるがよろしいのではと思います。
深海宗佑:本日は、有田町史400年に学ぶ有田でイノベーションを成功させる秘訣について教えていただきありがとうございます。
やるべき事が非常に明確になりました。ありがとうございます。
山田先生:ありがとうございます。
今回のインタビューを通じて
有田町史400年に学ぶ有田焼産業イノベーションの成功の秘訣は、
・有田はイノベーションを生み出す気風がある。
・30代以上の若者がイノベーションの起点となる。
・イノベーターは同世代の人達と数人のグループを作る。
・イノベーターは上の世代(60代〜)の人達に承認と応援を取り付ける。
・成功まで耐える忍耐力
・タイミングを合わせる
・10〜20年先を見据えて行政・研究機関と技術開発を行う。
・歴史に学ぶ。
だとお話しいただいた。
【前編】有田町史400年に学ぶ有田焼産業イノベーションの成功の秘訣